タレント個人の感想はどこまで言っていいのか? | テレビ朝日「夫が寝たあとに」
最近、芸能人やインフルエンサーの発言が炎上するニュースを見るたびに思うことがあります。それは、「個人の感想を話しただけでも炎上する時代になったのか」ということです。
今回話題になったのは、タレントのトリンドル玲奈さんがテレビ番組で自身の出産体験について語った内容です。トリンドルさんは帝王切開で出産した経験について、「楽しかった」「麻酔がすごかった」「痛み止めも効いた」といった自身の体験を率直に話しました。
しかし放送後、一部SNSでは「帝王切開が楽だと誤解される」「苦しんだ人を否定するように聞こえる」といった批判が集まりました。もちろん出産は非常にデリケートなテーマです。ただ今回の件を見ていて、少し気になったこともありました。
トリンドルさんは“帝王切開は楽だ”とは言っていない
まず整理しておきたいのは、トリンドルさんは「帝王切開は楽だからみんなそうすればいい」と言ったわけではありません。
あくまで、
- 自分は楽しかった
- 麻酔が効いた
- 痛み止めが効いた
- 結果として前向きな出産体験だった
という、自身の経験を語っただけです。ところがSNSでは、「帝王切開は楽だと言っている」「苦しんだ人を否定している」という受け取られ方がされていました。しかし実際には、本人はそこまで一般化した話はしていません。個人の体験談と、全体論を混同して受け取ってしまっている部分もあるように感じました。
体験談には必ず個人差がある
そもそも出産に限らず、医療の話は個人差が大きいものです。同じ病気でも、
- 痛みの感じ方
- 薬の効き方
- 回復速度
- 精神的な負担
は人によって大きく違います。
「私はすごく痛かった」という人もいれば、「思ったより大丈夫だった」という人もいます。本来であれば、どちらも体験談として存在してよいはずです。しかし最近は、自分と違う体験談が出てくると、「それは違う」「誤解を生む」「配慮が足りない」という方向へ向かいやすくなっています。
タレントは感想を話すたびに注釈を付けるべきなのか
もしトリンドルさんが、「私はこうでした」と話しただけで炎上するのであれば、今後はすべての発言に、「個人差があります」「全員に当てはまるわけではありません」「これは私の場合です」という注釈が必要になるのでしょうか。
もちろん配慮は必要です。しかし、配慮を求めすぎると、今度は誰も率直な体験を語れなくなります。タレントの発言は影響力が大きいからこそ慎重さも求められますが、一方で個人の感想まで許されなくなれば、テレビから本音が消えていく可能性もあります。
問題なのは発言より“受け取り方”かもしれない
今回の炎上は、発言内容そのものよりも、受け取り方の問題が大きかったように思います。SNSでは、「私は辛かった」という経験を持つ人ほど反応しやすくなります。その結果、「私は違った」が、「そんなことを言うべきではない」に変わりやすい。
しかし、本来は「私は辛かった」と「私は楽しかった」は両立できる話です。どちらかが正しく、どちらかが間違っているわけではありません。