毎年夏になると放送される日本テレビ系『24時間テレビ「愛は地球を救う」』。1978年から続く、日本を代表する長寿番組の一つです。

そんな『24時間テレビ』が、「終わってほしい長寿番組」のアンケートで1位になったことが話題になりました。寄せられた意見を見ると、「お涙頂戴に感じる」「チャリティー番組なのに出演料が発生することに違和感がある」「募金を信用できない」「猛暑の中でマラソンを続ける意味が分からない」など、かなり厳しい声が並んでいます。

特に大きかったのは、2023年に発覚した日本テレビ系列局の元幹部社員による寄付金着服問題でしょう。チャリティーを掲げる番組にとって、寄付金への信頼を揺るがす出来事の影響は小さくありません。一方で、『24時間テレビ』は2026年も8月29日、30日の放送が予定されています。

ここまで批判されながら、なぜ続いているのでしょうか。そして、長く続いている番組は、現在の価値観に合わせて変わらなければならないのでしょうか。

なぜ「お涙頂戴」が嫌われるようになったのか

『24時間テレビ』への批判で、昔からよく聞くのが「お涙頂戴」という言葉です。

障害のある人の挑戦、家族との絆、病気との闘いなどを取り上げ、感動的な演出で見せる。その番組づくりに対して、以前から「感動を作りすぎているのではないか」という指摘はありました。

ただ、個人的には少し不思議にも感じます。感動させるテレビ番組そのものが悪いわけではないからです。

ドラマもドキュメンタリーも、人の心を動かすために構成や編集を行います。『24時間テレビ』だけに「感動させようとしているからダメ」と言うのであれば、少し厳しすぎるでしょう。むしろ変わったのは、視聴者側なのかもしれません。

SNSやYouTubeによって、私たちはテレビの演出を以前より意識するようになりました。「なぜこの映像を入れたのか」「なぜこの音楽を流したのか」と、番組が感情を動かそうとしていること自体が見えやすくなっています。その結果、昔なら素直に感動できた演出に、「感動させようとしているな」と一歩引いてしまう人が増えたのではないでしょうか。

チャリティーマラソンは今も必要なのか

考えたいのが、恒例となっているチャリティーマラソンです。

『24時間テレビ』と聞けばマラソンを思い浮かべるほど、番組を象徴する企画になっています。ただ、猛暑が当たり前になった現在、「なぜ暑い時期に長距離を走らせるのか」という疑問が出るのも自然でしょう。

ここで難しいのは、伝統と惰性の境界です。長年続いている企画には、それ自体に価値があります。一方、「毎年やっているから今年もやる」だけになってしまえば、時代に合わせて内容を見直す機会を失います。

マラソンをやめるべきだとまでは思いません。ただ、「24時間テレビといえばマラソンだから」という理由だけで続けるのではなく、現在もチャリティー番組として最適な企画なのかは、その都度考えてもよいはずです。

寄付金着服問題は「番組の古さ」とは別に考える必要がある

寄付金への不信感は、「価値観が変わった」という話だけでは済ませられません。チャリティー番組において、お金が適切に扱われているという信頼は大前提です。

『24時間テレビ』側も現在は公式サイトで募金方法などを案内し、番組を継続しています。それでも、一度失った信頼が簡単に戻らないのは当然でしょう。

「昔からやっている番組だから今年も募金しよう」ではなく、「預けたお金がどう扱われるのか」を視聴者が確認するようになったこと自体は、むしろ健全な変化だと思います。

長寿番組であることは、信頼の証明にはなりません。長く続いている番組ほど、過去の信用に頼るのではなく、現在の視聴者に改めて信用してもらう必要があります。

長寿番組は時代に合わせなければならないのか

長寿番組は、時代に合わせて変わり続けなければならないのでしょうか。私は、必ずしもそうではないと思います。

何でも現在の価値観に合わせて変えてしまえば、長寿番組ならではの魅力まで失われます。毎年同じ季節に同じ番組があり、同じような企画を見る。それ自体がテレビ文化でもあります。

『NHK紅白歌合戦』も『笑点』も、時代に合わせて変化しながら、根本には昔から変わらない形式があります。すべてを若者向けにしたり、SNSで批判された要素をなくしたりすればよいわけではありません。

ただし、「伝統だから変えない」と「考えずに続ける」は違います。そこを混同すると、長寿番組は少しずつ現在の視聴者との距離を広げてしまいます。

「終わってほしい」という声だけで終わらせるのはもったいない

今回のランキングで興味深いのは、『24時間テレビ』が嫌われているという事実そのものではありません。なぜ、これほど長く続いた番組に厳しい声が集まるようになったのかです。

寄付金への信頼、出演者のギャラをめぐる疑問、感動を前面に出した演出、マラソンのあり方。それぞれ性質の異なる不満が、一つの番組に集まっています。それだけ『24時間テレビ』が大きな存在だとも言えるでしょう。

本当に誰からも関心を持たれなくなった番組なら、「終わってほしい」とさえ言われないはずです。むしろこれだけ議論されている今こそ、「昔からこうだから」ではなく、チャリティー番組として何を伝えたいのかを改めて考える時期なのかもしれません。

『24時間テレビ』に必要なのは終了ではなく再定義ではないか

『24時間テレビ』が古いから終わるべきだとは思いません。

40年以上続いてきた番組には、それだけの理由があります。チャリティーをテレビの大きなイベントとして扱い、多くの人が寄付や福祉について考える機会を作ってきたことまで否定する必要はないでしょう。

一方、長く続いた実績だけで今後も支持されるわけではありません。何のためにマラソンをするのか。なぜ感動的な演出をするのか。集まった寄付金をどう管理するのか。そして現在の社会に、どのようなチャリティー番組が必要なのか。一度それらを問い直してもよいと思います。

「終わってほしい長寿番組」1位という結果は、単純な不人気ランキングとして見るより、長寿番組と現在の視聴者との間に生まれたズレとして捉えた方が面白いでしょう。長寿番組に必要なのは、昔の形をすべて捨てることでも、批判を無視して昔のまま続けることでもありません。